鬼神楽・流の章01

 出演キャスト様
キャラ名 キャスト様 台詞数
ナレーション 渡瀬絵美 様 2
 水輪一族
漁火(いさりび) 穂河栞奈 様 25
漣(れん) 林あさ 様 24
汀(なぎさ) 有川和壱 様 37
みぎわ(濆) 織山カヨ 様 34
滴(しずく) 宮口夕樹 様 26
こさめ(濛) 渡瀬絵美 様 23
泪(るい) ヤマトアキ 24
瀧子(たきこ) 穂河栞奈 様 8
濠(ごう) ヤマトアキ 9
潤河(じゅんか) 宮口夕樹 様 6
洋汰(ようた) 渡瀬絵美 様 5
 鬼火一族
彩登(あやと) 林あさ 様 29
珠菜(たまな) 渡瀬絵美 様 29
夜紫乃(よしの) 穂河栞奈 様 19
佐久弥(さくや) 宮口夕樹 様 21
比奈伎(ひなき) ヤマトアキ 25


役名 番号 台詞 注釈
【ザザーンザザーン・・・と波の音】
(後ろからやってきた佐久弥。ふと見ると、遠くを見て立ち止まっている比奈伎がいた)
佐久弥 001_001 「――思ったより、早めに着きそうだね。少し天気が荒れるんじゃないかと思ったけれど、大丈夫だったし……。……比奈伎?どうしたの」
比奈伎 002_001 「ああ、いや――」
(回想/任務に出る前のシーン)
彩登 003_001 「――は〜……ドキドキする」
珠菜 004_001 「彩登。大丈夫ですの?」
彩登 005_002 「珠菜」
珠菜 006_002 「いまからあまり力を入れすぎていると、かえって疲れてしまいますわよ」
夜紫乃 007_001 「そうそう。抜きすぎてもダメだけどさ、もうちょーっと肩の力を抜いた方がいいよ」
彩登 008_003 「う、うん」
珠菜 009_003 「とは言うものの、今回は少し……特殊ですものね」
夜紫乃 010_002 「まぁね……。なにしろ、主(しゅ)・斉彬(なりあきら)様を通しての任務じゃないんだから」
珠菜 011_004 「まあ、あのお頭のことですから、どこにどのようなお知り合いがいようとも、驚きはしませんけれど」
夜紫乃 012_003 「でも今回はさ、実を言うと……少し楽しみでもあるんだよね、僕」
彩登 013_004 「ええ?」
珠菜 014_005 「夜紫乃ったら。不謹慎ですわよ?」
夜紫乃 015_004 「だあってさ! 海だよ、海! 僕、海を見るのなんて初めてだよ」
彩登 016_005 「あ……彩登も! ずっと前に、朱音さまと佐久弥がお話してくれたけど……海って、すっごく大きいんだって。ほんとかなぁ?」
珠菜 017_006 「まあ…、わたくしも、実際に目にするのは初めてですけれど……そのように浮かれていては、雷が落ちますわよ?」
比奈伎 018_002 「――なにを浮かれている」
夜紫乃 019_005 「うわっ、比奈伎!」
珠菜 020_007 「噂をすれば」
比奈伎 021_003 「俺たちは物見遊山に行くわけじゃないんだ。気を引き締めろ」
夜紫乃 022_006 「はぁい」
彩登 023_006 「ごめんなさい」
珠菜 024_008 「それで、わたくしたちはどう動けばよろしいんですの?」
夜紫乃 025_007 「朱音さま直々(じきじき)の指示なんだろ? その相手って、いったいどういう知り合いなの?」
佐久弥 026_002 「ずいぶん昔になるけれど、海からの物資調達に協力してくれた人なんだよ」
珠菜 027_009 「船を操れる方、というわけですわね」
彩登 028_007 「佐久弥は会ったことあるの?」
佐久弥 029_003 「ううん。会ったことがあるのはお頭だけ。私は、チラッと顔を見ただけなんだ」
彩登 030_008 「へえ〜」
珠菜 031_010 「とりあえず、その方のお役に立つように、ということでしたけれど……本当なら、お頭自ら行きたかった様子でしたわよね」
夜紫乃 032_008 「主からの呼び出しと重なっちゃったからね〜。まあ、あとから本陣(ほんじん)として合流してくれるけどさ」
珠菜 033_011 「けれど、まあ、ちょうどよろしかったのではありません?
こう言ってはなんですけれど…、お頭がいらっしゃったのでは、少し目立ちすぎる気がしますわ」
夜紫乃 034_009 「それは言える」
彩登 035_009 「今回は、目立たないように、こっそり、だもんね」
珠菜 036_012 「そうそう」
比奈伎 037_004 「主の命ではない以上、俺たち鬼火が先陣を切って起つわけにはいかないからな」
珠菜 038_013 「これは、私闘になるのではありません? お頭は主からどうやってお許しをいただいてきたのかしら」
佐久弥 039_004 「いま、海を使っての物資調達の道を失うわけにはいかないからね。主にしても、なんとかしたいと考えていたと思うよ」
彩登 040_010 「そっかぁ」
夜紫乃 041_010 「とにかく、みんなが合流するまでは、僕らは情報収集だね」
彩登 042_011 「うん!」
珠菜 043_014 「今回、わたくしと彩登が中心になって内部の情報を集めるのですから、頼りにしていますわよ、彩登」
彩登 044_012 「う、うんっ! がんばる!」
比奈伎 045_005 「では、おおよそになるが、今回の動きの流れを説明する――」
(だんだんFO・回想終わり/高い位置から、海の見える場所を見下ろしている)
【再び波の音】
比奈伎 046_006 「……。こんなにも凪いでいるのに――嵐がくるのか」
佐久弥 047_005 「……そうだね」
比奈伎 048_007 「(溜息)」
佐久弥 049_006 「水面下では、ずっと荒れていた。それが、とうとう表に出てくるだけだ。本当は、ずっと荒れていた――数十年も前から、ずっと」
比奈伎 050_008 「ああ……」
(ふと視線を降ろすと、海のほうに走っていく夜紫乃たち)
比奈伎 051_009 「あっ・・・あいつら」
夜紫乃 052_011 「彩登、珠菜! 早く早く!」
(軽く走っていく夜紫乃、後ろを走る彩登、珠菜)
彩登 053_013 「…うわああああああ!」
珠菜 054_015 「これは…! ………大きい…というか……とても広いですわね!」
夜紫乃 055_012 「これが海かあ…。すごいなー!」
彩登 056_014 「うん!」
夜紫乃 057_013 「ふふふーっ、寿々加たちもすっごく見たがってたから、僕らが一番最初に見たって言ったら羨(うらや)ましがるよ、きっと!」
彩登 058_015 「みんな、海を見られるの、すごく楽しみにしてたもんね!」
珠菜 059_016 「任務を前に、ちょっと不謹慎かしら、とは思いますけれど……まあ、お頭ならきっと許してくれますわよ」
彩登 060_016 「うん、彩登もそう思う!」
夜紫乃 061_014 「僕も〜」
彩登 062_017 「あっ、ねえ見て見て珠菜、綺麗な貝殻(かいがら)がある」
珠菜 063_017 「あら、ほんとですわ。これ、お土産にちょうどよろしいんじゃありません?」
夜紫乃 064_015 「留守番組(るすばんぐみ)もいるからね。よーし、じゃあいくつか拾っていこうよ」
彩登 065_018 「さんせーい!」
(そんな様子を見て)
比奈伎 066_010 「まったく・・・あれほど言ったのに」
佐久弥 067_007 「そういう比奈伎も、海を見るのが初めてで、実はわくわくしてるんだよね」
比奈伎 068_011 「わ――! …………わ、わくわくはしてないっ、わくわくは、さすがに、わくわくは」
佐久弥 069_008 「ふふ、そう」
比奈伎 070_012 「――……。い、行くぞ佐久弥っ(くるっときびすを返す)」
佐久弥 071_009 「(くすくす)うん」
比奈伎 072_013 「不謹慎だぞっ」
佐久弥 073_010 「――はい」
【ふと比奈伎が立ち止まって】
比奈伎 074_014 「…………」
佐久弥 075_011 「…比奈?」
比奈伎 076_015 「…………この海は、こんなに、……美しいのにな」
佐久弥 077_012 「――。……そうだね――……」
比奈伎 078_016 「――(一度目をとじ、気を取り直すように)――行こう」
佐久弥 079_013 「――(頷く)」
***
(そこは大海原)
【激しい波の音】
穂河武士 080_001 「討て討てー!ひるむなー!」
【ザバーン!】
有川武士 081_001 「くっ!波が高くなってきたな……これ以上は危険だ、船を戻せ!」
林武士 082_001 「陸地へ引き上げだ!」
ヤマト武士 083_001 「みな、引き時だ!引け!引けーい!」
宮口武士 084_001 「(突然、あらぬ方向から弓矢が飛んできて刺さる)ぐおっ」
織山武士 085_001 「…な、何!?弓矢だと!?」
武士全員 086_001 (次々に飛んでくる弓矢に逃げ惑う武士)
穂河武士 087_002 「いったいどこから…っ!」
織山武士 088_002 「馬鹿な!高波の中から矢が……!」
林武士 089_002 「な、なんだと!?」
宮口武士 090_002 「こうも簡単に我ら水軍のうしろを取るとは!」
ヤマト武士 091_002 「おのれ…、何奴ッ!」
有川武士 092_002 「…あっ!あれは…ッ!見ろ、あそこだ!」
(荒れ狂う波間に小さな船が見え、竜の面を被った水輪一族が次々姿を現す)
林武士 093_003 「バ、馬鹿な!こんな荒れた海の上で船を操れるはずが……!」
有川武士 094_003 「(激しくハッとして)あれは!りゅ、竜の面だ…!」
宮口武士 095_003 「竜の面!?では、まさか…まさか!」
武士全員 096_002 「水(みな)輪(わ)一族だあーー!」
(頭領・漁火が一歩前に進み出て、参戦を宣言)
漁火 097_001 「我らは水輪一族!
水神(すいじん)の眠りを妨(さまた)げることは何人(なんぴと)たりとも許されぬ!
即刻(そっこく)、去(い)ねい!さもなくば――その穢(けが)れを力づくでも祓(はら)おうぞ!」
098_001 「この海の安寧のため、この水輪一族、これより参戦いたす!」
漁火 099_002 「(振るう)行けい!」
みぎわ 100_001 「(槍を振るい)さあ!この刃の餌食になりたい者はどいつだ!」
101_001 「退かぬものは全て斬る!」
【飛び出して、脅威的なジャンプ力で相手の船に飛び移る】
武士全員 102_003 「!!(ザワッと後ずさる)」
(次々、飛び出していく一族の面々。すぐさま攻撃に移る)
103_001 「命を惜しまぬ者はかかってこい!」
武士全員 104_004 「(逃げ惑う)」
105_001 「こさめ!深追いしすぎるのではないよ!」
こさめ 106_001 「滴、お前こそ!」
107_001 「滴(しずく)、こさめ!退(ひ)きどきを誤(あやま)らないように!」
108_002 「わかっている!」
こさめ 109_002 「ああ!」
漁火 110_003 「さあ!竜神の子らよ!大海原(おおうなばら)を統(す)べるその業(わざ)を、とくと見せるのだ!!」
111_002 「おお!」
みぎわ 112_002 「おう!」
113_003 「ああ!」
114_002 「はい!」
こさめ 115_003 「ああ!」
116_002 「おう!」
117_002 「おお!」
***
【風/鈴】
ナレーション 118_001 「そこには『竜』と呼ばれた一族が居た。
海の猛者(もさ)と呼ばれる水軍をもってしても
決して追いつくことも出し抜くことも出来ぬとされる 船と波を操る術(すべ)は
まさに海を支配する竜神がごとく。
決して 歴史の表舞台には名を残さないその一族を
―――『水(みな)輪(わ)一族』と言った―――」
ナレーション 119_002 「原作、ヤマトアキ。オリジナルボイスドラマ『鬼神楽』」
***
【波の音】
(砂場で座り込んで武器の手入れをしていた汀に、ちょっと遠くから寄りつつ)
みぎわ 120_003 「なぎさー!なーぎーさー!なーぎーさ」
121_003 「(遮って)そんなでっかい声で呼ばなくても聞こえてるよ、みぎわ」
みぎわ 122_004 「そぅお?波の音で聞こえないかと思ったんだけど」
123_004 「で?」
みぎわ 124_005 「ん?」
125_005 「用があったから呼んだんじゃないの?」
みぎわ 126_006 「(ぽむ)ああ!そうそう。ちょっと聞いてよ!親父様はいないし、漣(れん)も泪(るい)も滴もこさめもみーんな捕まらなくて……、酷いと思わない?」
127_006 「ふーん」
みぎわ 128_007 「なんかねえ、要するになにが言いたいかというと一言でまとめると、――暇だから遊んで。(真面目)」
129_007 「………………。やだ。(真面目に)」
みぎわ 130_008 「ええ!?ケチー!」
131_008 「いい波があるんだからそれで一人でなんかすれば」
みぎわ 132_009 「ちょっと。一人遊びの達人になっちゃうじゃないの」
133_009 「(笑って)それもいいかも」
みぎわ 134_010 「(笑い返して)じゃあ、修練するから付き合ってよ」
135_010 「(軽く頷いて)それならいいよ(手をはたいて立ち上がる)」
***
(モノローグ)
136_011 「(M)――時にそれは姿を変える。
見上げれば風は吹き荒び雲は押し流されていき、
視線を降ろせば、波が全てを覆うかのように激しく怒り狂う。
海の神がその怒りを沈めれば、そこは美しいほどに凪いだ見渡す限りの海原。
――それが俺たちの生まれた場所。
ここが俺たちの生きる場所。
何者にも侵されず、何者もそれを奪うことは出来ない」
みぎわ 137_011 「(M)大小さまざまな島々の浮かぶ潮流を、
時にあざ笑うかのように、時に優しくあやすように。
大地を踏みしめるよりも早く波を操る術を覚えた。
穏やかに打ち寄せる飛沫はその心を癒し、激しく鳴り狂う大波は、
どれほど大地を飲み込もうと、私たちには子守唄に過ぎない」
佐久弥 138_014 「(M)――戦国の世。
唯一の主をいだき、主がために戦う一族たちがいた。
鬼と呼ばれ、風と呼ばれ、それを追う者として砂と呼ばれる者たちがいた」
珠菜 139_018 「(M)彼らは主の命に従い、戦場(いくさば)へ臨み、己の私欲は一切切り捨て、ただ主に勝利を与えるためだけにその剣を振るう」
比奈伎 140_017 「(M)大地は広がり、それはやがて母なる海へと導かれる。
人から離れ、その海を里とし、水神を主と仰ぎ、海と共に生きる一族がいた――」
141_012 「――俺たちはこう呼ばれた。『竜神の慈悲を乞い、海に生きることを叶えられし者』すなわち、『水輪一族』と――」
みぎわ 142_012 「(タイトルコール)『鬼神楽』〜流の章〜」
***
(会合の館。戦後の会合。上座に座る瀧子、傍に仕える漁火。
瀧子は一段高い位置に座したまま、ぐるりと一同を見回してねぎらいの言葉をかける)
瀧子 143_001 「――此度(こたび)の戦では、各々(おのおの)よい働きをしてくれた。さすがは誉(ほま)れ高き竜神(りゅうじん)の子ぞ。この瀧子(たきこ)も鼻が高いというもの」
144_013 「は!」
みぎわ 145_013 「は!」
146_004 「は!」
147_003 「は!」
こさめ 148_004 「は!」
149_003 「は!」
150_003 「は」
瀧子 151_002 「いまだ、水軍(すいぐん)の手を煩(わずら)わせている海賊どもも存在する。が、そなたたちならば決して引けを取らぬ」
152_014 「は」
みぎわ 153_014 「は」
154_005 「は」
155_004 「は」
こさめ 156_005 「は」
157_004 「は」
158_004 「は」
159_015 「(少しの緊張感を持って)――瀧子様。恐れながら」
瀧子 160_003 「うん?なんじゃ、汀(なぎさ)。申してみよ」
161_016 「は。こたびの戦いで、わが一族の傘下に下ることを願う者が多く。ほとんどが、金で雇われた連中です。ゆえに、主(あるじ)を見限り、水輪の杯を受けたいと。どうなさいますか」
瀧子 162_004 「そうじゃな……。数はどれほどじゃ」
みぎわ 163_015 「男が二十三、女が六です」
瀧子 164_005 「すべてを捕虜(ほりょ)とするには、ちと多いな」
165_017 「はい」
瀧子 166_006 「漁火(いさりび)」
漁火 167_004 「――は」
瀧子 168_007 「半数(はんすう)を捕虜とし、半数は我が傘下(さんか)に加えよ。水(みな)輪(わ)の杯(さかずき)を受けることを許す。そなたが采配(さいはい)を振るえ」
漁火 169_005 「御意(ぎょい)」
瀧子 170_008 「――これをもって本日の会合は終(しま)いとする」
171_018 「は!」
みぎわ 172_016 「は!」
173_006 「は!」
174_005 「は!」
こさめ 175_006 「は!」
176_005 「は!」
177_005 「は!」
漁火 178_006 「は!」
***
(会合が終わってそれぞれ、離れや、仕事場に散っていく)
洋汰 179_001 「あ!おっかえりなさーい!」
みぎわ 180_017 「ただいま、洋汰!」
こさめ 181_007 「ただいま」
みぎわ 182_018 「あれ?私らが一番かぁ」
潤河 183_001 「おかえりなさい、みぎわさん、こさめさん。ご無事で何より」
みぎわ 184_019 「うん、ありがと。あ〜、おなかすいちゃった。潤(じゅん)河(か)、何か作ってくれる?」
潤河 185_002 「(くすくす)はいはい。みぎわさんは、今回もずいぶんとご活躍だったのねえ」
洋汰 186_002 「みぎわねーちゃん、すっげー強いもんな!あ〜!おれも早くみんなのそばで戦いたいなぁ」
みぎわ 187_020 「なに言ってんの、洋汰。あんたみたいな未熟者が戦場(いくさば)に出てきたら、あっという間にどっかいっちゃうわよ」
こさめ 188_008 「(笑いながら)言えてる」
潤河 189_003 「(くすくす)洋汰さんは、まだまだ見習いですものねえ」
洋汰 190_003 「もーっ、みんなして!どっかってなんだよ〜っ」
潤河 191_004 「こさめさんは?すぐに戻ります?」
こさめ 192_009 「いや、アタシはこれから捕虜の確認だよ。しかも今回はちょっと人数が多いからね、濠(ごう)にも手伝ってもらう手はずになってるんだ」
(そこにちょうど濠が現れた)
193_006 「――こさめ」
こさめ 194_010 「噂をすれば、だ。なんだい、濠」
195_007 「捕虜の場にすべてまとめたぞ。あとは確認と、杯組の選別の準備だ」
こさめ 196_011 「もう?親父様、今回はずいぶんと選別が早かったんだね」
みぎわ 197_021 「いつもは、十日くらい頭抱えてうんうん言ってるのに」
洋汰 198_004 「この前、泪(るい)ねーちゃんに、遅い!ってこてんぱんに怒られてたからだよ、きっと」
みぎわ 199_022 「(笑って)ありえる!」
200_008 「(こちらも目は笑って)なんにせよ、早く済むのはありがたいことだ。長にならって、私たちもはやく済ませよう」
こさめ 201_012 「そうだね。じゃあ洋汰、あとでね」
202_009 「できるだけ早く準備を終わらせよう」
洋汰 203_005 「うん!戻ったら話いっぱい聞かせてくれよな」
潤河 204_005 「そうねえ。私にも聞かせてくださいな」
こさめ 205_013 「わかったわかった。潤河、アタシにもなにか軽く頼むよ」
みぎわ 206_023 「(笑いながら)きっとみんな同じこと言うと思うから、みんなの分も用意しといた方が良いと思うよ、潤河」
潤河 207_006 「(くすくす)はいはい。わかりました。そのようにして待っていることにしますよ」
***
(汀が廊下を歩いていると、漣に呼び止められた)
208_006 「汀(なぎさ)」
209_019 「漣」
210_007 「杯を受けた者たちを見ましたか?」
211_020 「いや?まだだ」
212_008 「ちょっと可愛い子がいますよ。珍しいですよね、水軍があんな小さい子を船に乗せてるなんて」
213_021 「小さいのか」
214_009 「歳は十(とお)ほどかな。見習いの賄(まかな)い係だったらしいですけど」
215_022 「そんな子どもを戦場に連れてくるとはね。その水軍の器が知れるな」
216_010 「――ほら、あの子。茶色い髪の毛の。桜色の髪をした女にぴったりとくっついてる……」
(その方向を見た汀。
茶色の髪の毛をした少女の斜め後姿を見た瞬間、何かが体の中を走りぬけるのを感じた)
217_023 「――!」
218_011 「……汀?」
219_024 「え……」
220_012 「汀?どうしました」
221_025 「あ……いや、…………(M)…………ああ……」
222_007 「汀。漣。どうかしたかえ?」
223_013 「滴」
224_026 「あー、いや、なんでも」
225_014 「捕虜の方はどうですか」
226_008 「いまは大人しいものだよ。幾人かは杯を受けたがり、残念がっていたけれど……親父様が頑として首を立てにふらなんだ」
227_027 「含みがあるってことか」
228_009 「(頷いて)親父様の見る目は確かだからね。そういうことだろう」
みぎわ 229_024 「そぅお?私の見る限り、あれは勘だと思うけど」
230_015 「(くすくす)その勘が、人を見る目、とも言う。そういうことなんでしょう。――さて。自分は、その捕虜の管理を、親父様と相談に行ってきます」
231_010 「ああ」
みぎわ 232_025 「杯組のほうはどお?」
233_028 「ああ……なんか、小さい子がいたよ」
みぎわ 234_026 「へえ!珍しーい」
235_011 「(眉を寄せ)そんな小さな子どもを戦に加えるとは……。その水軍を率いる大将の底が知れようというもの」
236_029 「(噴出して)俺と同じこと言ってら」
(そこに泪が加わる)
237_006 「――親父の采配だって?」
みぎわ 238_027 「泪!おかえり!」
239_007 「ああ」
240_030 「捕虜を見た?」
241_008 「ああ。なんだあれは。わざとやっているにしてもやりすぎだろう。歳を上から順に数えて、多い者が捕虜、少ない者が杯組。なにが人を見る目だ」
みぎわ 242_028 「(噴出して)ちょっと!そんな選び方!?」
243_009 「あのボンクラ親父め……。ちゃんと目を見開いて選んだんだろうな。居眠りしながら舵をとるようなやつだぞ」
244_012 「(笑いを含みながら)これ泪。畏れ多くも水輪一族の長たる方に向かって。少しは口をつつしみや」
245_010 「はは。少し慎んだところではなにも変わらないから、かえって少しも慎まないほうがマシさ」
246_031 「すごい持論」
みぎわ 247_029 「でもなんだか納得」
248_032 「(くすくす)言えてる(笑)」
249_013 「こさめと濠は」
250_011 「そのまま捕虜の面倒を見ている。まずは瀧子様への面通しだな」
251_014 「(頷いて)捕虜の中でも、運が良ければ杯組に加わることも出来るであろ。すべては、瀧子様のご機嫌次第だが」
(そこに、こさめがちょうど戻ってきた)
こさめ 252_014 「――ちょっと滴、その話、捕虜の前ではするんじゃないよ?」
253_015 「こさめ」
こさめ 254_015 「大の大人が杯を受けさせてくれって泣き叫ぶんだ。見ぐるしいったら。最初はずいぶん大人しくしてたくせに、どっかで杯組の様子を聞いたんだろうね。今の話を聞いたらきっと、瀧子様の袖をつかんで離さないよ」
255_016 「そんなにうるさいのかえ」
こさめ 256_016 「うるさいなんてもんじゃない!一人が騒ぎ出して、それが伝染してすごいことになってるんだから」
257_033 「うわあ……」
みぎわ 258_030 「うわあ……」
こさめ 259_017 「いいかいおまえたち。しばらくは捕虜のいる場に近寄るんじゃないよ。いまは濠が睨みをきかせてくれてるけど、万が一着物でも掴まれてごらん、裸に剥(む)かれるまで放してもらえなくなるからね」
260_034 「うわぁ……。(両手を軽く挙げて)絶対近寄らない」
みぎわ 261_031 「私もー」
262_012 「だから親父の采配など当てにならんというんだ、まったく!」
***
(頭領・漁火の部屋にて)
263_016 「――親父様」
漁火 264_007 「うん?おう、どうした漣(れん)」
265_017 「いえ――(笑いを含ませて)捕虜(ほりょ)の選別(せんべつ)ですが。今回はまた格別(かくべつ)ですね」
漁火 266_008 「はっは。すごいだろう」
267_018 「あとで泪になにを言われても知りませんよ?」
漁火 268_009 「(ぐぅっと喉を鳴らす)……いや、まあ、ほら、これから瀧子様への面通しもあるんだ、そこで幾人(いくにん)かは杯を受けることになるやもしれんし」
269_019 「(頷いて)逆に、独り(ひとり)もならぬやもしれぬ、と」
漁火 270_010 「(両手を軽く挙げて)漣。勘弁(かんべん)してくれ」
(こさめ、戸の外から声をかける)
こさめ 271_018 「――親父様。ちょっといい?」
漁火 272_011 「おう、こさめか。どうした」
こさめ 273_019 「(入ってきて)捕虜のこと!あんなうるさい連中、どうやって面倒見ろって!?」
274_020 「泪よりこっちが先でしたか」
漁火 275_012 「ひどいか」
こさめ 276_020 「さっき滴にも見に行ってもらったけどね。あの滴さえ耳を塞ぐ有様だよ」
漁火 277_013 「あちゃあ……」
278_035 「(ひょいっと覗いて)親父様。いい?」
漁火 279_014 「おう。汀までどうした」
280_036 「捕虜だよ。あれって年齢順だって?ちょっとひどすぎない?」
漁火 281_015 「お前までその話か」
みぎわ 282_032 「だあーって!あれはひどいでしょ!うるさくって、捕虜の場の近くにすら行けないわよ」
こさめ 283_021 「あれ、みぎわ。泪と滴は?」
みぎわ 284_033 「いちお、瀧子様との面通しの準備に取り掛かるって。面通しの前までにどうにか落ち着かせないとだろうけどね」
こさめ 285_022 「あれを落ち着かせるのか……」
286_021 「……ここは一つ。采配(さいはい)を振るったご本人に、おさめていただくというのは?」
漁火 287_016 「!!(ぎょ)」
こさめ 288_023 「(手を打ち)そりゃ名案!」
289_037 「異議なし」
みぎわ 290_034 「右に同じ」
漁火 291_017 「〜〜っ、まったく!頭領(とうりょう)使いの荒いヤツラめ!」
***
(所変わって。水輪一族のいる場所から少しはなれたところ。鬼火一族の面々)
比奈伎 292_018 「――どうだ」
夜紫乃 293_016 「うん、すっごく良好。良く見えるよ、この遠眼鏡(とおめがね)。いまさっき、二人が中に入っていったところ」
比奈伎 294_019 「あとは……杯を受けられるか、捕虜となるか、だな。うまくやっていればいいが……」
佐久弥 295_015 「――二人とも捕虜の中にはいなかったよ」
夜紫乃 296_017 「おかえり!どうだった?」
佐久弥 297_016 「うん。捕虜たちはすごい騒ぎだったけれど……二人は、別に移されたみたいだ」
比奈伎 298_020 「ならば、うまくもぐりこめたということか」
佐久弥 299_017 「だと思う」
夜紫乃 300_018 「みんなに知らせる?」
比奈伎 301_021 「……ああ。ひとまず、一石を投じたと伝えてくれ」
夜紫乃 302_019 「了解」
(夜紫乃、ざっと消える)
比奈伎 303_022 「それで、会えたか?」
佐久弥 304_018 「いや――さすがにね。館の一番奥まで調べるには少し無理があるな」
比奈伎 305_023 「約束の刻限まではまだ日がある。少しずつ、外堀から攻めていくしかないか」
佐久弥 306_019 「そうだね」
比奈伎 307_024 「二人の安否は?」
佐久弥 308_020 「それは大丈夫。確たる盟約がある」
比奈伎 309_025 「(頷いて)ならば、こちらも動こう」
佐久弥 310_021 「(頷く)」
***
(戻って、水輪の館)
311_013 「――親父!あの捕虜」
漁火 312_018 「(遮って)勘弁(かんべん)してくれ泪!さっきからみなに同じことで責められ通しなんだ!」
313_014 「……(むぅ)自覚はあるんだな」
漁火 314_019 「采配(さいはい)のことだろう。ありゃあ……今回はわしじゃな、あっ(ぽろっと口が滑った)」
315_015 「なに?――なんだって?」
漁火 316_020 「…………(だらだら)」
317_016 「親父」
漁火 318_021 「――(溜息・・・)、みなにはこぼすなよ。内密(ないみつ)のことだ。あれは、指示があった。そのようにせよ、とな」
319_017 「……瀧子様から?」
漁火 320_022 「ああ」
321_018 「なんだ。じゃあ別にそれでいいじゃないか。何を隠す必要がある?みんなも、瀧子様からのご指示だと聞けば、納得するさ」
漁火 322_023 「……、ああ、そうだな」
323_019 「……親父?」
324_022 「――親父様!少しいいですか?」
325_020 「っ」
漁火 326_024 「っ。お、おう!いいぞ。なんだ、漣」
327_023 「面通し(めんとおし)の順序なんですが――」
漁火 328_025 「おう、それな。すでに考えてある、わしの部屋に来い」
329_024 「はい」
(さりげなくその場から去っていく漁火。その後姿を見送る泪)
330_021 「……」
***
(捕虜の中にまぎれていたのは珠菜と彩登。無事に杯組に選ばれ水輪の中に入ることを許された)
331_017 「おまえとおまえ。名は?」
珠菜 332_019 「珠菜」
彩登 333_019 「あ、彩登です」
334_018 「(頷いて)我は水輪の滴。こちらは、泪」
335_022 「(軽く頷く)」
336_019 「このような幼子(おさなご)が戦に巻き込まれるは不憫(ふびん)には思うが、これも戦国の世の習い。我ら水輪の杯を受けられることになったからには、おまえたちの安全は我らが保証するゆえ」
彩登 337_020 「竜の、お面……」
338_020 「ふふ。この面は、我らが水輪の本家である証。また、我らが竜神の子である証。水輪の印のようなもの。おまえたち杯組の者たちがこれを得るはかなわぬがな」
珠菜 339_020 「正式に、『水輪一族』を名乗るものだけがつけることを許されるお面、なのですわね」
340_021 「そういうことえ」
珠菜 341_021 「こうして杯組として受け入れていただけることは光栄ですけれど……こんなにたくさんの人数を受け入れてばかりいて、水輪は大変ではありませんの?捕虜も合わせれば、今回だけでも三十名ほどいたはず」
342_023 「はは。余計な気回しは必要ない。我らは『一族』とはいっても、実際には大名と同じだけの権限がある。戦のたびにこうして人数を増やしていくことも、許された行為なのさ」
珠菜 343_022 「そうなんですの……すごいですわ」
344_022 「――さて。おまえたちにはこれから、面通しの用意をしてもらう」
珠菜 345_023 「――面通し?」
346_023 「そうえ。本来ならば捕虜から先にするはずだったが、今回は杯組のほうから始める。それで、おまえたちが最初というわけだよ」
彩登 347_021 「面通しって……なにをすればいいの?」
348_024 「なにも」
彩登 349_022 「なにも?」
350_024 「そうえ。ただ黙っていれば良いのだよ。すべては、瀧子様が善いようになさってくださる」
彩登 351_023 「瀧子様……?」
352_025 「(頷く)瀧子様にお目通りかなうことを光栄に思うことえ。我ら水輪の、――神なのだから」
***
(心持ち、ぼそぼそと)
彩登 353_024 「――神様、だって」
珠菜 354_024 「これは……想像以上でしたわね」
彩登 355_025 「神様って、人じゃないのかなあ?」
珠菜 356_025 「さあ……どうでしょう。わたくしたちは、そういうものとは縁がありませんでしたし……」
彩登 357_026 「どんな人なんだろ」
珠菜 358_026 「今夜お会いできるようですけれど。念のため、みなさまにご報告したほうが良さそうですわね」
彩登 359_027 「うん。……もうみんな近くまできてるかなあ?」
珠菜 360_027 「ええ。先ほど合図が見えましたもの。向こうも、すでに動いているようですわ」
彩登 361_028 「みんなにもっといい報告が出来るように、がんばらなくちゃねっ」
珠菜 362_028 「ふふふ、そうですわね。――シッ」
(滴が歩いてくる)
彩登 363_029 「……」
珠菜 364_029 「……」
365_026 「――珠菜。彩登。さあ、二人ともこちらへ」


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